日本銀行広島支店に思う

 今週も広島での講義です。コンサル仕事でお相手させていただくのは、中小企業さんがほとんどですが、講師の仕事では地元の大手自動車メーカーの方やら、IT企業のSEさんやら、飲料メーカーの方やら、大企業の方も多数受講生におられます。

診る仕事と話す仕事、両方やっていてよかったなあと思います。幅広い視点が重要ですからね。もちろん、行政や公共機関にいた頃は、企業さん自体との接点も少なく、もっと視野が狭かったな・・・と思います(同業種・内輪の勉強会ばっかり一生懸命やっても無駄なんですよねえ →ザ・過去の自分への反省)。

 無事授業を終え(この日は店舗運営と生産管理のお話をしました)、いざ晩酌への路をソワソワと急ぐいつものたかみ。上の写真はその道程にあった旧日本銀行広島支店です。時代を感じる古い建物です。

「ああ、京都にも三条通り沿いにあるなあ。あれはたしか明治時代の建物だったよね。ここも博物館として活用してるんだなあ。ここはいつの建物かな・・・1936年・・・戦前からあるのね。ふーん・・・。」

何気なく、そんなことを思いめぐらせながら通り過ぎようとしたとき

・・・「ん?あれれ?」日本史専攻の(朽ちかけた)アンテナが反応。

 「えっ?そのあと近くで原爆落とされてるのにいまも現存!?えっ?ええっ?」

 

 広島の路上で興奮冷めやらず、一人で旧日銀前を行ったり来たりして、看板の説明を「へー・ほー」と読むたかみ(・・・不審者やなあ)。

 こう書いてありました。「1945年8月6日原爆被災。周辺の建物が壊滅する中、倒壊を免れる。1945年8月8日復興に必要となるため複数の金融機関が集まって業務を再開。(抜粋)」看板にある写真を見ると、この建物を残して焼け野原です。その中で外壁が爆風に耐え(もちろん中は壊滅ですが)、2日後には再開したという・・・広島県民のパワー、すごすぎます。
 「広島=原爆投下=悲劇」という側面ばかりに目がいってしまいますが、そこから復興を成し遂げたパワーに学ぶものは大きいものがあります。以前も書きましたが、ここ広島でビジネスパーソンを育成する診断士として講師をさせていただくことに、大きな責任感や誇りを感じてやみません。

 

★写真は宮島名産の「あなごめし」です。たかみは高校時代からあなごが大好物で、思い出深い味だったりします。しっかりと味がついているけど、うなぎよりもアッサリしていて、ぺロリといけてしまいます。焦げた皮の香ばしさ、ムチムチとしたあなごの肉厚さ、あなごの旨味を吸ったご飯のジューシーさ。冷めても美味しい!いや、冷めてこそ美味しなのかも・・・!冷えた弁当って、冷えた日本酒と合うんだよなぁ・・・(これはさすがに、高校時代の思い出じゃないですが)。